session 10
腰 痛

session10腰痛

東京大学医学部附属病院22世紀医療センター
運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座 特任准教授
関東労災病院 勤労者 筋・骨格系疾患研究センター アドバイザー(前センター長)
松平 浩先生

日常の中でありふれた症状である「腰痛」は、厚生労働省が公表する「業務上疾病発生状況調査」によると、仕事(作業)が原因で職場を休んだ疾病の第一位です。所謂、「腰痛症」は、現在の分類では「非特異的腰痛」と言われています。“非特異的”とは、わかりやすく言えば“よくわからない”という意味です。多くの「腰痛」は、病因を突き詰めることが難しいため、治療や予防対策を確立できない現状が続いています。『腰痛診療ガイドライン2012』では、「腰痛の発症と遷延に心理社会的因子が関与」「認知行動療法は腰痛の治療に有用」という記載がなされ、最も強い推奨度で明記されている背景を踏まえて今回は、心理社会的ストレスの高い腰痛にも焦点を当て解説しています。

Global burdenでの腰痛の位置づけ1)2)3)4)5)6)

世界疾病負担研究(Global Burden of Disease Study,2010)では、腰痛は289の疾患や傷病の中で以前の調査と同様にYears Lived with Disability (YLDs)のトップにランクされています。いまだに、治療を含む標準的な腰痛対策が奏功していないことを指摘したデータとも解釈できます。プライマリケア医での受診者の多く(約85%)が、画像所見が痛みの起源を十分に説明できないなどのため“病因を見極めきれない”非特異的腰痛と診断されてしまう現状が大きな要因と考えられます。

  • 参考文献1)2)3)4)5)6)

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    •  1)Vos T, et al.: Years lived with disability(YLDs)for 1,160 sequelae of 289 diseases and injuries 1990-2010:A systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2010. Lancet 380:2163-2196, 2012
    •  2)Buchbinder R, et al.: Placing the global burden of low back pain in context. Best Pract Res Clin Rheumatol 27: 575-589, 2013
    •  3)Deyo RA, Weinstein JN:Low back pain. N Engl J Med 344:363-370, 2001
    •  4)Chou R, et al.: Imaging strategies for low-back pain: Systematic review and meta-analysis. Lancet 373:463-472, 2009
    •  5)Endean A, et al.: Potential of magnetic resonance imaging findings to refine case definition for mechanical low back pain in epidemiological studies: a systematic review. Spine 36:160-169, 2011
    •  6)日本整形外科学会/日本腰痛学会・監:腰痛診療ガイドライン2012.東京,南江堂,2012

厚生労働省が公表するデータでは7)8)

「国民生活基礎調査の概要(平成22年)」において、国民の代表的愁訴(有訴者率)が、腰痛(男性1位、女性2位)、肩こり(男性2位、女性1位)であることは、よく知られています。
「業務上疾病発生状況等調査」によると、平成23年に年間4日以上の休業を要した腰痛の届け出は4,822件あり、全職業性疾病の約6割を占め長年に亘り第1位です。さらに4,822件のうち社会福祉施設からの届け出が1,002件(19%)を占め、10年で2.7倍という最も顕著な増加がみられています。

有病率と発生率9)10)11)12)

生涯での腰痛の有訴率は80%以上を超えています。初めての腰痛エピソードの発生は、年間6.3~15.4%と見積もられている状況です。腰痛は再発再燃を繰り返しやすく、2/3は1年後にも有症状であり、従来指摘されていたself-limitedな短期的な障害とはいえず、若年期から老年期、つまり人生で長期に亘る健康障害と捉える必要があります。

  • 参考文献9)10)11)12)

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    •  9)Dunn KM, et al.: Low back pain across the life course. Best Pract Res Clin Rheumatol 27: 591-600, 2013
    • 10)Fujii T, Matsudaira K: Prevalence of low back pain and factors associated with chronic disabling back pain in Japan. Eur Spine J 22: 432-438, 2013
    • 11)Hoy D, et al.: The epidemiology of low back pain. Best Pract Res Clin Rheumatol 24: 769-781, 2010
    • 12)Axén I, Leboeuf-Yde C: Trajectories of low back pain. Best Pract Res Clin Rheumatol 27: 601-612, 2013

重要な予後規定因子は心理社会的要因11)13)14)15)16)

転帰に最も影響するのは、否定的な感情を含む心理社会的要因です。重要な心理的要因としては、不安、抑うつ、身体化(somatization)、恐怖回避思考(fear-avoidance beliefs; FAB)、破局的思考が挙げられます。2012年10月末に公表されたわが国の「腰痛診療ガイドライン2012」においても、「発症と遷延に心理社会的因子が関与する」というステイトメントが、疫学関連では唯一grade A(行うよう強く推奨する、強い根拠に基づいている)のエビデンスとして記載されました。
これらの要因の中でも、特にプライマリケアにおける初期段階での心理的介入(患者説明)としてFABへの配慮が重要です。FABとは、痛みに対する不安や恐怖感、自分の腰や腰痛、その他の筋骨格系疼痛に対するネガティブなイメージから、過度に大事をとってしまう意識や思考・行動のことです。言い換えれば、腰痛の予防としても治療としても極めて重要な運動習慣を回避してしまうことにつながる逃避的な認知過程であり、特に腰痛発症後の最も重要な予後規定因子であると強く認識してください。
持ち上げ動作を代表とする腰部への身体的負荷が大きい作業も、発症には影響するものの、心理社会的要因と比べて難治・遷延化への影響は乏しいとされています。

  • 参考文献11)13)14)15)16)

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    • 11)Hoy D, et al.: The epidemiology of low back pain. Best Pract Res Clin Rheumatol 24: 769-781, 2010
    • 13)Pincus T, et al.: Psychological factors and treatment opportunities in low back pain. Best Pract Res Clin Rheumatol 27: 625-635, 2013
    • 14)da Costa BR, Vieira ER: Risk factors for work-related musculoskeletal disorders: A systematic review of recent longitudinal studies. Am J Ind Med 53: 285-323, 2010
    • 15)Shaw WS, et al.: Effects of workplace, family and cultural influences on low back pain: What opportunities exist to address social factors in general consultations? Best Pract Res Clin Rheumatol 27: 637-648, 2013
    • 16)Kent PM, Keating JL: Can we predict poor recovery from recent-onset nonspecific low back pain? A systematic review. Man Ther: 12-28, 2008

Chronic widespread pain(CWP)という概念とその周辺状況17)18)19)20)21)22)23)

線維筋痛症を包括した視点で、腰痛を代表とする慢性の筋骨格系疼痛をchronic widespread pain(CWP)と呼ぶことがあります。CWPという捉え方が一般化しつつある背景には、単一の腰痛と比較し、腰痛以外に他部位の痛みを伴う数が多いほど身体および精神機能を低下させるというエビデンスがあることに加え、他部位の痛みを伴う数が多いほど、便秘や下痢、睡眠障害、疲労感、めまいといった筋骨格系以外の身体化的な愁訴を伴う割合も増加することが明らかとなっているためです。しかもCWPの有病率は、4.2〜13.3%と報告されて決して低率ではありません。一方、関連するコンセプトとして、線維筋痛症、慢性腰痛、慢性むち打ち症、緊張型頭痛、顎関節症、慢性骨盤痛、過敏性腸症候群などを包括するFunctional Somatic Syndrome(FSS)があります。
筋骨格系の従来の器質的問題だけでなく機能的異常に続発する筋攣縮(spasm)などが関与することを認識する必要があります。筋攣縮を起こす主要なメカニズムとしては、性ホルモンなどの内的環境の変動および心理社会的ストレスをトリガーとする中枢性機能異常、自律神経系のアンバランスが考えられます。また、難治性の慢性痛には下行性疼痛抑制系の機能低下や中枢性感作の関与が明らかとなっています。

  • 参考文献17)18)19)20)21)22)23)

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    • 17)Clauw DJ, Crofford LJ: Chronic widespread pain and fibromyalgia: what we know, and what we need to know. Best Pract Res Clin Rheumatol 17: 685-701, 2003
    • 18)Mourão AF, et al.: Generalised musculoskeletal pain syndromes. Best Pract Res Clin Rheumatol. 24: 829-840, 2010
    • 19)Hartvigsen J, et al.: Is it all about a pain in the back? Best Pract Res Clin Rheumatol 27: 613-623, 2013
    • 20)Henningsen P, et al.: Management of functional somatic syndromes. Lancet 369: 946-955, 2007
    • 21)Katz DL, et al.: The pain of fibromyalgia syndrome is due to muscle hypoperfusion included regional vasomotor dysregulation. Med Hypotheses 69: 517-525, 2007
    • 22)Woolf CJ: Central sensitization: implications for the diagnosis and treatment of pain. Pain 152: S2-15, 2011
    • 23)von Hehn CA, et al.: Deconstructing the neuropathic pain phenotype to reveal neural mechanisms. Neuron 73 :638-652, 2012
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